和歌山地方裁判所 平成2年(わ)448号 判決 1993年4月22日
本籍
韓国
住居
和歌山県西牟婁郡串本町串本一七六一番地
靴小売及びパチンコ店経営
南慶一
一九四五年二月一日生
右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官八澤健三郎出席の上審理し、次のとおり判決する。
主文
被告人を懲役二年及び罰金九〇〇〇万円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金二〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
この裁判確定の日から四年間右懲役刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、和歌山県西牟婁郡串本町串本一七六一番地で「エーワン靴店」の屋号で靴小売業を営むほか、同郡串本町串本二三一三番地及び同県田辺市神子浜九七四番地の二において「パチンコ二一世紀」の屋号でパチンコ店を営むものであるが、自己の所得税を免れようと企て
第一 昭和六一年分の総所得金額は、一億七四一七万九四一四円で、これに対する所得税額は一億〇八二六万一三〇〇円であるにもかかわらず、実際の所得金額には関係なく、ことさら過少な所得金額を記載した所得税確定申告書を作成するなどの行為により、その所得金額のうち一億六四一四万五〇七七円を秘匿した上、同六二年三月一六日、和歌山県新宮市伊佐田町二丁目一番地二〇所在の新宮税務署を介し、同県田辺市上屋敷町一一四番地所在の管轄田辺税務署において、同税務署長に対し、総所得金額が一〇〇三万四三三七円で、これに対する所得税額が一六四万四五〇〇円(ただし申告書は誤って四六万八九〇〇円と記載)である旨の内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により、右年分の正規の所得税額一億〇八二六万一三〇〇円との差額一億〇六六一万六八〇〇円を免れ
第二 同六二年分の総所得金額は、二億二四一一万三七九〇円で、これに対する所得税額は一億二五八九万一一〇〇円であるにもかかわらず、前同様の行為により、その所得金額のうち二億一一九八万四三三九円を秘匿した上、同六三年三月一四日、和歌山市湊通丁北一丁目一番地所在の和歌山税務署を介し、前記田辺税務署において、同税務署長に対し、総所得金額が一二一二万九四五一円で、これに対する所得税額が二二二万一一〇〇円(ただし申告書は誤って八四万七五〇〇円と記載)である旨の内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により、右年分の正規の所得税額一億二五八九万一一〇〇円との差額一億二三六七万円を免れ
第三 同六三年分の総所得金額は、一億九七五〇万五〇〇二円で、これに対する所得税額は一億〇八〇七万一七〇〇円であるにもかかわらず、前同様の行為により、その所得金額のうち一億八二四一万四七九八円を秘匿した上、平成元年三月一五日、前記田辺税務署において、同税務署長に対し、総所得金額が一五〇九万〇二〇四円で、これに対する所得税額が三一五万四八〇〇円(ただし申告書は誤って一五六万二四〇〇円と記載)である旨の内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により、右年分の正規の所得税額一億〇八〇七万一七〇〇円との差額一億〇四九一万六九〇〇円を免れ
たものである。
(証拠の標目)
以下の括弧内の番号は証拠等関係カードの検察官請求番号を示す。
判示全部の事実について
一 被告人の公判供述
一 第一回公判調書中被告人の供述部分
一 被告人の検察官調書(乙二号ないし三二号)及び質問てん末書(乙二号ないし二四号)
一 第二回公判調書中の証人南春夫の各供述部分
一 第三回及び第四回公判調書中の証人南憲男の各供述部分
一 南春夫(甲一四八号)、南憲男(甲一四九号)及び南鶴夫(甲一三八号)の各検察官調書
一 林茂(甲一〇四号)、谷口正子(甲一〇五号)、竹内久雄(甲一〇六号)、浦平昭(甲一〇七号)、島田健太郎(甲一〇八号)、岩本君代(甲一〇九号)、岡秀明(甲一一〇号、一一一号)、笠井保弘(甲一一二号、一一三号)、西嶋明美(甲一一四号)、榎本光男(甲一一五号ないし一一七号)、市原洋二(甲一一八号)、清水智(甲一一九号、一二〇号)、辻内救(甲一二一号)、小山政夫(甲一二二号)、平尾穣治(甲一二三号)、安東幸太郎(甲一二四号)、音無保子(甲一二五号)、光山幸子(甲一二六号、一二七号)、南春夫(甲一二八号(四枚目表一三行目から最後までを除く)、一二九号(七枚目裏一三行目から一〇枚目表一行目までを除く)、南憲男(甲一三二号、一三三号(三項、五項ないし八項を除く)、一三四号(七項、八項を除く))、南鶴夫(甲一三六号(五丁表一〇行目から六丁裏五行目までを除く)、一三七号(一丁裏一行目から二丁表五行目までを除く))、南寿広(甲一三九号(問一、三、八、九を除く))、崔末蘭(甲一四二号)、齋藤雅子(甲一四四号(二丁表後ろから三行目から二丁裏三行目までを除く)、一四五号(問八ないし一一を除く))及び南美智子こと鄭美智子(甲一四六号(問五ないし七を除く)、一四七号)の各質問てん末書
一 報告書(甲八号)
一 査察官調査書(甲九号ないし九九号)
一 たな卸商品等現在高確認書(甲一〇〇号、一〇一号)
一 機械装置等確認書(甲一〇二号、一〇三号)
判示第一の事実について
一 脱税額計算書(甲二号)
一 証明書(甲五号)
判示第二の事実について
一 脱税額計算書(甲三号)
一 証明書(甲六号)
判示第三の事実について
一 脱税額計算書(甲四号)
一 証明書(甲七号)
(事実認定の補足説明)
第一 弁護人は、被告人がパチンコ二一世紀田辺店を出店するにあたり、株式会社山長商店(以下「山長商店」という。)に支払った繰延資産合計二億二五一〇万円の減価償却期間は、二八年間でなく五年間とすべきである旨主張するので、この点について判断する。
一 法人税基本通達によれば、建物を賃借するために支出する権利金等の繰延資産の償却期間は次のとおりである。
(1) 建物の新築に際しその所有者に支払った権利金等で、当該権利金等の額が当該建物の賃借部分の建設費の大部分に相当し、かつ、実際上その建物の存続期間中賃借できる状況にあると認められるものである場合には、その建物の耐用年数の一〇分の七に相当する年数。
(2) 建物の賃借に際して支払った(1)以外の権利金等で、契約、習慣等によってその明渡しに際して借家権として転売できることになっているものである場合には、その建物の賃借後の見積残存耐用年数の一〇分の七に相当する年数。
(3) (1)及び(2)以外の権利金等の場合には五年(契約による賃借期間が五年未満である場合において、契約の更新に際して再び権利金等の支払いを要することが明らかなときは、その賃借期間)。
そして、建物を賃借するために支出した権利金等の繰延資産の償却期間が右の(1)ないし(3)のいずれに該当するかは、当該賃貸借の内容、当事者の意思等諸般の事情を考慮して実質的に判断すべきである。
二 そこで、本件について検討するに、前掲関係各証拠、特に被告人の質問てん末書(乙一一号)及び検察官調書(乙三二号)、査察官調査書(甲五一号)並びに西嶋明美(甲一一四号)及び榎本光男(甲一一五号ないし一一七号)の各質問てん末書によれば、(1)被告人は昭和五八年四月二〇日に山長商店との間で同商店が所有する和歌山県田辺市神子浜九七四番地の二ほか四筆の土地(以下「田辺店の土地」という。)上の建物(以下「田辺店」という。)について賃貸借契約を締結したこと、(2)右契約締結の経緯は、山長商店では当時木材業界が不況で大きな赤字を出していたため、遊休不動産であった田辺店の土地の利用を考えていたところ、知人を介して被告人から右の土地の賃借の話があったが、山長商店では借地権の発生を嫌い、建物の建築費を建築協力金の名目で被告人に負担させたうえ、これを山長商店が被告人に賃貸することにしたものであること、(3)右契約の際、賃貸借期間を一五年とする、その期間満了の六か月前までに当事者双方共に何らの意思表示をしなければ、右賃貸借期間はさらに三年間延長され、その後も同様とする旨の記載がある契約書が作成されていること、(4)右賃貸借期間の定めは、建築協力金を貸主が借り主から受領した場合には、通常一〇年から一五年の賃貸借期間であったことから、当初期間一〇年を主張していた山長商店と二〇年位を主張した被告人の双方が妥協して合意されたこと、(5)しかしながら、契約期間満了時のことについては前記の条項以外には格別両者間で話し合いはなされておらず、一五年先には必ず明け渡すという合意までは成立していなかったこと、(6)ところが、右建物賃貸借契約は、三年後の昭和六一年四月二〇日にが合意解約され、同日付けで新たに田辺店の賃貸借契約が締結され、その賃貸借期間を一二年とし、一方、契約更新についてはなんらの条項もない契約書が作成されていることが認められる。
そして、右のとおり新しい賃貸借契約書では更新に関する条項が削除されていること、山長商店の専務取締役である榎本光男の質問てん末書(甲一一七号)によれば、榎本が右質問てん末書をとられた平成元年一〇月二日の時点では、山長商店に右賃貸借契約を更新する意思はなく、契約期間満了時には田辺店を明け渡してもらうつもりでいることが認められることからすれば、山長商店は、昭和六一年の右契約更改の時点においても、賃貸借期間満了時には被告人に立ち退いてもらいたいとの意向であったものと推認される。
しかしながら、他方、前掲関係各証拠によれば、被告人は田辺店開店のために、右建築協力金等二億円以上の資本を投下しており、田辺店は、被告人としてはかなり力を入れた事業であることからすれば、被告人が昭和六一年の契約更改時に賃貸借期間経過後は田辺店から立ち退くことに合意していたとは到底思われず、被告人としては賃貸借期間経過後も賃貸借契約を更新し、田辺店の営業を続けたいとの意思を有していたと認められること、そして、借家法上、正当な事由がなければ賃貸人は借家契約の更新を拒みえないところ、前述のとおり、被告人は田辺店に総額二億円以上の資本を投下して現に相当の収益をあげてパチンコ業を営んでいるものであるうえ、田辺店の土地はもともと遊休地であって、さしあたり山長商店が田辺店の使用を必要とする事情も認め難いことからすれば、右田辺店の賃貸借契約は期間満了時に更新される蓋然性は相当高いと認められる。
そうだとすると、山長商店の意思と関係なく、被告人が田辺店の存続期間中引き続き同店を実際上賃借できる状況にあると認められるから、被告人が田辺店の建設費の全額として支出した繰延資産二億二五一〇万円の償却期間は、前記基本通達(1)に従って二八年として計算されるべきであって、この点についての弁護人の主張は採用できない。
第二 弁護人は、被告人は、昭和六二年一〇月二四日に弟南春夫に対し、退職金五〇〇〇万円を支払っているのであるから、右五〇〇〇万円を経費として計上すべきである旨主張し、被告人も当公判廷において弁護人の主張に沿う弁解をしているので、この点について判断する。
一1 春夫は捜査段階より一貫して退職金として五〇〇〇万円を受け取ったことを認める供述をしているところ、前掲関係各証拠によれば、被告人は春夫に渡すとして昭和六二年一〇月二三日に紀州信用金庫田辺東支店に春夫名義の三〇〇〇万円の定期預金をし、額面一〇〇〇万円の定期預金証書三通を受け取っており、そして、その翌日である同月二四日に春夫が退職金として五〇〇〇万円を受け取った旨の記載のある念書が作成されていることが認められることからすれば、五〇〇〇万円を現実に受け取った旨の右の春夫の供述は信用でき、被告人が昭和六二年一〇月二四日に春夫に退職金として五〇〇〇万円の定期預金証書を春夫に交付したことが認められる。
この点、被告人の質問てん末書(乙三号、四号、七号)には、春夫に五〇〇〇万円の預金証書を渡すときになって、突然春夫がパチンコ二一世紀を退職することを翻意したため、結局五〇〇〇万円の証書は春夫には渡さず、ただその際、将来春夫が独立する際に五〇〇〇万円を交付する旨の念書を作成し、それが右の念書である旨の、また、南鶴夫の検察官調書(甲一三八号)にも、春夫に五〇〇〇万円をやる話は一日で仲直りをして立ち消えになった旨の供述記載があるが、右各供述内容は、念書に記載されている五〇〇〇万円を受け取ったとの内容と明らかに矛盾していること、また、前掲関係各証拠によれば、春夫は被告人に較べて給料が安いこと等に不満をもって退職を言い出したが、昭和六二年一〇月二四日に至るまでの相当期間妻や被告人からこれを諌められていたにもかかわらず、これを聞き入れることなく退職の決意を固めていたのに、その春夫が突然五〇〇〇万円の預金証書を受け取るときになって、退職を翻意したというのはいかにも不自然であり、また、右各供述調書中でも、春夫が翻意した理由について合理的な説明がなされていないこと等からしても、この点についての被告人の右供述は信用できない。
2(一) しかしながら、南春夫の検察官調書(甲一四八号)によれば、春夫はパチンコ店二一世紀に職するに際して五〇〇〇万円は被告人に返却し、五〇〇〇万円の授受は初めから何もなかったことにしたと供述しているところ、前掲関係各証拠、特に被告人の公判供述、証人南鶴夫及び同安東芳子の各公判供述、岡秀明の質問てん末書(甲一一〇号)によれば、春夫が五〇〇〇万円の証書を受け取った後、パチンコ二一世紀へ戻りたいとの話が被告人に対してあったのは、春夫に五〇〇〇万円の証書を渡してから遅くとも一週間位後のことであり、また、右定期預金証書が被告人に返還されたのも、遅くとも被告人が串本駅前の土地の売買契約をして手付金を支払った昭和六二年一一月一一日までのことであること、さらに、パチンコ二一世紀へ復職後の春夫の職務は、昭和六二年一〇月二四日以前と変わらず、田辺店の店長として勤務していたことがそれぞれ認められ、以上の、春夫が五〇〇〇万円の定期預金証書を持っていた期間や田辺店の仕事から離れていた期間が極めて短期間で、かつ、同人が従前と同じ地位に復帰していることからすれば、五〇〇〇万円についてはなにもなかったことになった旨の春夫の供述は信用できる。
なお、南春夫は証人として当公判廷において、右のように検察官に対し被告人に五〇〇〇万円を返したと供述したのは、査察官から五〇〇〇万円返したことにすればみんなにとって都合が良いといわれていたうえ、検察官も国税と同じであると思っていたからであると弁解するが、他方で、春夫は、検察官の取り調べに応じるに至った経緯について、検察官に呼び出された当初は、「国税も検察官も信用できない。僕の気持ち何にも書いてくれてないやないか。」などという気持から出頭を拒否したが、その後検察官からその言い分について聞きたいので出頭してほしい旨説得されて出頭したなどと述べていること、また、同人の供述によれば、五〇〇〇万円を返したことにすると、被告人の責任が重くなることは検察官の取調べを受けていた時には判っていたというのであるから、五〇〇〇万円の問題は、もとはといえば春夫の身勝手から退職するなどと言い出したことから起きた問題であるにもかかわらず、親代わりで世話になっていた被告人に不利益になることが判っていながらことさら虚偽の事実を検察官に供述したとも考えられないことからしても、右南春夫の公判廷における弁解は信用できない。
(二) 右に対し被告人は、当公判廷において、春夫から五〇〇〇万円の預金証書を受取りはしたが、それは同人から借り受けたものである旨弁解し、証人安東芳子、同南春夫も公判廷において右と同様の趣旨を述べている。
しかしながら、他方、関係各証拠によれば、右貸付に際し返済期間も利息の利率も明確には定めがなされていないこと、春夫が被告人に対し五〇〇〇万円の返済を求めたこともなければ。被告人から現在に至るまで一切弁済もなされていないことは被告人及び春夫の認めるところであり、これに加え、被告人の検察官調書(乙三二号)によれば、春夫の妻の父からの借入金約二五〇〇万円などの個人からの借入金は、昭和六三年までに既に返済していること、前掲関係各証拠によれば、少なくとも昭和六三年末ころには、右五〇〇〇万円を弁済し得る資力を被告人が有していたと認められることからすれば、被告人と春夫が兄弟であることを考慮しても五〇〇〇万円が春夫から被告人に対する貸付であったというにはいかにも不自然であり、これらの事情からすれば、被告人らの弁解は信用できない。
(三) なお、被告人及び弁護人は、春夫がパチンコ二一世紀に復職後は、それ以前と比べて給料が上がっており、これは春夫がそれまでの家族従業員から一従業員として復職したためで、このことは五〇〇〇万円を返してもとに戻ったのではないことの証左であると主張するが、被告人の質問てん末書(乙二号)によれば、平成元年三月三一日の時点で春夫の月給は三八万円であって、三男の憲男よりも八万円しか多くなく、前掲関係各証拠によって認められる、春夫が従前パチンコ機械の製造・販売会社に勤務していた経験を生かすなどして、パチンコ二一世紀開店当時から、店の営業については重要な仕事を任され、パチンコ二一世紀の発展に尽くしていたことを併せ考慮すると、三男以下の兄弟と比較して次兄である春夫に右程度の差をつけた給料が支給されることはむしろ自然であって、春夫が被告人に五〇〇〇万円を返してもとに戻ったとの前記認定と何ら矛盾するものではない。
二 したがって、被告人から昭和六二年一〇月二四日、春夫に対して五〇〇〇万円が退職金として一旦交付されたものの、同年中に右五〇〇〇万円は被告人に返却されていると認められるから、右五〇〇〇万円を昭和六二年分の経費として計上しなったことは正当であって、この点についての弁護人の主張及び被告人の弁解は採用しない。
第三 弁護人は、(1)田辺市神子浜一一〇二の六八及び西牟婁郡串本町字小森生四〇番地の五八の各土地建物は、被告人の名義になっているが、前者には春夫が、後者には憲男が居住し、それぞれの名義で同人らの所有であったが、本件捜査の途中で査察官の指導で被告人の名義に変えたものであるから、被告人のものではない、(2)被告人宅、店舗及び取引銀行において発見された預貯金はその名義を問わず全て被告人のものとして計上されているが、春夫、憲男ら独立の家計を営む者らの名義のものは被告人のものではなく、また、憲男宅で発見された幸子名義のものも被告人のものではない、(3)修正貸借対照表中、「事業主貸」の中には、生活費年額六〇〇万円が計上されているが、その根拠は不明であることなどからも明らかなように、本件では被告人に帰属しないものを被告人のものとしてその所得が計上されている旨主張するので、この点について判断する。
一 右(1)については、前掲関係各証拠、特に被告人の検察官調書(乙三一号)及び質問てん末書(乙七号、九号、一〇号、一四号、二三号)並びに清水智(甲一一九号、一二〇号)、辻内救(甲一二一号)、小山政夫(甲一二二号)、平尾穣治(甲一二三号)、南憲男(甲一三二号、一三四号)、及び南春夫(甲一二九号、一三〇号)の各質問てん末書によれば、右の各土地の売買の交渉及び契約、購入のための借入金の手続及び返済、固定資産税の納付はいずれも被告人がおこなっていること、右各土地の買主及び登記名義人を小森生の土地につき憲男、神子浜の土地につき春夫にしたのは、購入当時被告人には既に住宅金融公庫の借入枠がなかったためであることが認められ、右の事実からすれば、右の各土地は被告人のものであることは明らかであり、これらを被告人の所得として計上したことは正当である。
(2)については、前掲関係証拠、特に被告人の検察官調書(乙二九号)及び質問てん末書(乙二号、七号)、南春夫の検察官調書(甲一四八号)並びに南春夫(甲一二九(不同意部分を除く)、一三〇号)、南憲男(甲一三二号、一三四号)、及び齋藤雅子(甲一四四号(不同意部分を除く))の各質問てん末書によれば、春夫については、査察官により平成元年三月三一日に春夫宅で確認された預金が同人の預金の全てであり、また、憲男については、査察官により前同日に憲男宅で確認された預金及び串本店で確認された娘麻衣子名義の預金が憲男の預金の全てであること、憲男宅で発見された幸子名義の定期預金は、被告人が串本店の資金で預金したもので、そのため憲男宅の大金庫の中の手提げ金庫に入れて憲男のものと区別していたものであることが認められるほか、被告人は同人のものとして計上された本件預貯金について捜査・公判を通じて格別これに異議を唱えていないこと等によれば、判示の被告人の各所得の計上にあたって、被告人の名義以外の名義の預貯金で、被告人以外の者に帰属するものを被告人のものとして計算していないことは明らかである。
(3)については、前掲関係証拠、特に被告人(乙一二号)及び光山幸子(甲一二六号、一二七号)の各質問てん末書によれば、被告人の生活費を年間六〇〇万円と明らかに認定できる。
二 以上のとおり、弁護人が被告人に帰属しないものとして例示するところのものはいずれも理由がなく、そして、証拠を検討してみても、他に被告人に帰属しないものを被告人のものとして計上したものはないから、被告人の総所得額の計上に当たっての弁護人の主張は採用しない。
(法令の適用)
被告人の判示各所為はいずれも所得税法二三八条一項、二項にそれぞれ該当するところ、情状によりいずれも所定刑中懲役刑及び罰金刑を併科し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第二の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法四八条二項により各罪所定の罰金額を合算し、その刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役二年及び罰金九〇〇〇万円に処し、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金二〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から四年間右懲役刑の執行を猶予することとする。
(量刑の理由)
脱税事犯は、国民の健全な納税意欲を著しく損なうものであって、社会に及ぼす悪影響の著しい犯罪であるところ、本件は判示のように三年度にわたる正規の所得税額のうち三億三五二〇万三七〇〇円を、ことさら過少な所得金額を記載した所得税確定申告書を作成して税務署長に提出するなどの行為によって免れたという事案であって、その脱税総額が三億円を超える多額なものであるうえ、ほ脱率も全体で九七・九パーセントに達する高率なものであること、脱税の方法は大胆で納税意識に欠けているばかりか、公判段階に至ってもなお本件脱税が税法に対する無知が原因であると述べるなど、反省の態度が必ずしも十分でないことなどからすれば、被告人の刑事責任は重いといわざるを得ず、懲役刑の実刑も考えられなくはない事案である。
しかしながら、パチンコ二一世紀はいわば家業として営まれていた一面があり、そのなかで長男である被告人は、自分一人のためだけではなく、弟らの将来を考えて脱税による蓄財に走ったと考えられ、一人被告人にのみ本件の全責任を問うのはいささか酷であること、脱税額が多額になったのは、右のとおりパチンコ二一世紀をいわば家業として営んでいたことから、弟ら親族に対し、一般の従業員よりもかなり低い給料しか支払わず、そのために経費に計上する額が圧縮されていたことも一因であること、被告人は、本件発覚後、本件違反に伴う修正本税、重加算税等をすべて完納し、被告人なりに反省の情を示していること、被告人には養うべき老母や妻子がいることなどを斟酌し、懲役刑についてはその執行を猶予するが、その刑期及び罰金額については、前記刑事責任の重大性から、主文掲記の程度とするのが相当と考える。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 瀧川義道 裁判官 荒木弘之 裁判官 新谷晋司)